小説の感想。ネタバレあり。
特に後半4本はミステリ作品なので未読であればご注意ください。
澤田瞳子『星落ちて、なお』
正直とよと周三郎の関係性に爆裂萌えてしまって、自分の業のせいで終始取り乱してしまった。主題は暁斎の方なのかもしれないけど、とよが思い悩む時は周三郎もセットで強く意識しているんだもの。
三角関係の両端の二人っていうのがホント好きなんだよな、この二人が兄妹でなければ昔とった杵柄になってた可能性が……いやあんまりないけど、ていうか兄妹じゃないと話が成り立たないので全然意味がない仮定なんだけど、ともかく近年稀に見る萌えだった。どうして一番憎い、避けたい人が一番の理解者で一番信頼をおける人になってしまうんだろう。最高だ。はたからはよくわからない世界の話で、そこが良い。
直木賞の講評でとよが絵を描くシーンが欲しかったみたいな話があり、確かにと思ったが、絵を評する描写に線ののびやかさを感じて気持ちよかったので割と満足していた。
同時に受賞した『テスカトリポカ』と共通していて、どちらも読み応えがあると思ったのは、多くの登場人物の生き方の哲学に肉薄しているところ。特に本作では、理想と現実の摩擦や時による変化の細やかさが印象深い。
詳しくないなりに河鍋暁斎の作品をググり、あまりの絵の上手さに呆然とした。これが古くなることがあるのか、時代によっては……。今は寧ろ一周以上しているから、そら古いは古いけど、色褪せない迫力を感じる絵だった。
川上弘美『センセイの鞄』
思ったより色っぽい話だった。なんだかお酒が飲みたくなるというか、酔っ払いたくなる話だった。
後書きには発表当初は中高年男性にウケたとあったが本当だろうか。どちらかというと女性の欲望に忠実な話に思えた。
こんな男に振り回されたいけど紳士でいてほしいし優しくしてほしい。けど最終的には抱いてほしい。みたいな。
コナン・ドイル『緋色の研究』
『シャーロック・ホームズの冒険』を途中まで読んで、これと『四つの署名』が先ということに気付き慌てて読んだ。
自分がなんとなく思い描いているホームズ像と違って、新聞紙面ですっかり警察に手柄を横取りされるシャーロックが新鮮だった。レストレードはもっとへいこらしてるイメージだったし、シャーロックは変人ではあるものの、もっと華々しく活躍する名探偵と世間では認識されているものかと思った。
探偵モノの色が濃く、分析推理への拘りや緋色の研究の意味するところが洒落ていてシャーロックの人柄に惹かれると共に、こいつは殺人事件をなんだと思ってるんだい。名探偵コナンは名前だけでなく精神も、シャーロックから貰っていたのかい。
コナン・ドイル『四つの署名』
シャーロックが普通にヤク中だけど、小学生の頃に読んだ漫画版にはそんな設定はなかったような気がする。執筆当時は合法だったのかもしれないけどまぁ現代の子供向けの書籍には載せないか。
ワトソンはずっとシャーロックと二人暮らしのイメージだったけど、随分と早々に結婚してたんだなぁ。あとはトンガの設定がヤバすぎて、時代が変わったんだなぁ……と。
殊能将之『ハサミ男』
結構早い段階、樽宮由紀子のあとをつけてるあたりでハサミ男が女性であろうことに何となく気付き、それを確かめていくような読み方になった。終盤はもしハサミ男が巨漢だとすると成り立たないだろうシチュエーションが多かったのでどんどん確信が強まる。叙述トリックが主となる作品だと、一度勘付くとこういう楽しみ方になるものかもしれない。
しかしミステリはトリックに気付かずに読んで終盤でびっくりした方が楽しいと思っているので、本意ではない。
そもそも推理したつもりはなく、文章から読み取れる情報が女性であることをやんわり示していたからだった。周囲からの扱いに細かく表れている。やたら自分をでぶ扱いするところなんかもあるあるだった。フェアな作品だ。
綾辻行人『十角館の殺人』
『そして誰もいなくなった』より先に読んじゃったけど大丈夫だろうか。
どうしてクローズド・サークルで人が死ぬとこんなにワクワクしてしまうんだろう。死に始めてからページを捲るスピードが確実に速くなってる。人としてなんかダメなんじゃないかと不安になる。
中村青司の事件というフリがあって他の可能性が見えずドツボにハマっていくエラリイを滑稽に思いながら、自分自身も、江南でコナンというフリがあったから守須は……と他の可能性が見えなくなっているという入れ子構造が鮮やかだった。